2006年、トリノオリンピックのフィギアスケート女子シングルで金メダルに輝いた荒川静香選手の代名詞となった技イナバウアー。
当時流行語大賞にノミネートされるほどの話題になりました。
両足を真横に広げ、大きく背中をそらしたフォームがとても印象的な技です。
イメージとしては高得点につながる大技なのではないか?と思われる方もいらっしゃると思うのですが…。
実はこのイナバウアー、現在の新しい採点方式ではほとんど得点には影響がないのです。
イナバウアーはれっきとした、固有の名前を持つ技であることは事実なのですが、一体どうしてでしょうか?
今回は、そんなかつての喝采をあびたイナバウアーについてふたたび、考察してみました。
イナバウアーは、技と技の“つなぎ”
フィギアスケートの女子シングルで要素点として採点されるのは、ジャンプ・スピン・ステップ・スパイラルの四つ。
この4つの要素の一つ一つの技を採点して合計する『技術点』と、引力や振り付け音楽の表現などの芸術的な側面での採点をする『プログラム構成点』合計で順位が決まります。
荒川静香が得意とするイナバウアーは、残念ながらその四つの中の技と技の“つなぎ”として評価され、技術点には反映されません。
なぜ、荒川選手はイナバウアーを行ったのか?
荒川選手は大きなポイントにはならないと分かっていながら、トリノオリンピックの大舞台で、得意とするイナバウアーを披露しました。
その強いこだわりには、荒川選手のフィギュアスケート人生をかけた執念ともいっていいものがにじみ出ていました。
観客の心を大きく動かし、演技全体の統一感、美しさ、優雅さをより高めることができたのです。
もはや戦略をも超えた芸術的表現とも言える荒川選手のイナバウアーは、世界の舞台の金メダルの扉をも開いたのです。
現在では、世界中でイナバウアーが荒川選手のトレードマークとして認知されています。
受け継がれるイナバウアー
荒川選手引退後にも、世界の舞台でイナバウアーを披露している選手がいます。
それは、みなさんご存知羽生結弦選手です!!
男子選手の中ではもはや唯一ともいえる、イナバウアーを世界大会で行う選手です。
それも一度や二度ではありません。多くの公式大会で、彼はイナバウアーを披露しているのです。
一体なぜ、羽生選手はイナバウアーを多くのプログラムで披露されるのでしょうか?
それには心温まるエピソードがありました。
トリノオリンピック当時、羽生選手が練習を行っていた仙台のスケートリンクが、経営難から閉鎖となったことがあり、羽生選手はしばらくの間練習を休止せざるを得なくなってしまった事がありました。
しかし、荒川選手が金メダル獲得後の記者会見で、
仙台のスケートリンクが危機的状況であることを訴えてくれたのです。
メディアが最も注目する、金メダル獲得後の記者会見で、テレビや新聞、ありとあらゆるメディアを通じてそのことは伝えられました。
そのことにより、県や市が補助金を支援してくれる事が決定し、再びスケートリンクは再開することができたのです。
しかし…
その後、再び2011年、東日本大震災によりリンクは閉鎖してしまいました。
羽生選手も被災し、避難所生活を余儀なくされることに。
『もう、スケートをできなくなるのではないだろうか…』
震災のショックもあり、羽生選手はスケートを辞める事も考えたそうです。
その時に、再び荒川選手が震災から一ヶ月もたたない、4月9日に、真っ先に名乗りをあげる形でチャリティー公演を行うことを提案しました。
すっかりスケートへのモチベーションが下がっていた羽生選手の背中を押してくれたのが、荒川選手だったのです。
二度にわたって、フィギュアスケート生命を救ってくれた荒川選手。
彼がイナバウアーをするとき、スケートリンクは温かい拍手につつまれます。
荒川選手のトレードマークであるこの技を披露するのは、彼の感謝や尊敬の気持ちがこめられているのかもしれませんね。